日本人の海外に対する無関心

一般人がわざわざイスラム教徒の方を探して、話をききに行こうとする必要があるのでしょうか。

一般人にとっては、イスラム教・イスラム教徒が誤解されようがされまいがどうでも良いことです。

誤解を避ける努力が必要なのは「イスラム教徒」の方々だと思います。

受動的でかつ、上げ膳据え膳の人間がいつまでも誤解されたままでいることは避けられませんから。穏健派イスラム教徒の主張は海外ニュースの情報に触れていれば、一定の量と質のものが常に発信されていると思います。

自分が知る限りでも、イスマイル派の人がイラク人として初の難関登山の登頂に、成功した事例があります。このチェレンジには、フランス登山家の支援があり、安定しないイラク政府の派閥が始めて一致団結して、海外メディアと協力し、公認したイラク人の快挙でもあります。

日本語でこのニュースを検索してみると…全くみあたりませんね。
つまりはそういうことです。

こういったチャレンジやアピールは、海外ニュースでは常に発信されている。
それを拾わないのは「日本人の海外に対する無関心」そして「イスラム教徒への無関心」ではないでしょうか。

そもそも「知りたい」という知的欲求があったら、自分から動きますよ。
自分にとってはそれは「当たり前」だし、その「当たり前」をしないのならば…世界中にちらばる「あるもの」が「無いもの」として扱われることになります。

結局は自分達に関心があるかないか、の問題だと思います。