判断を優先

現実には戦死者が基本は対象ですから、本人意思は極稀なケースを除いて確認は出来ないから・・・

それこそ「靖国で会おう=象徴的な意味での靖国神社の意味と私は理解します の意思」も含めて、ご遺族なり、本人の意思を伝え持つ者の判断を優先させられるか? 
実現出来るか?あるいは靖国でもウエストだけ痩せたい別施設でも良いのですが、そこの判断を優先させるのか?と言う、これは宗教や信条の自由と尊重にも関わる問題として質問させて頂いています。その他のことは、現状では明快に判断を記述していないことだけはご理解下さい。
例えば「祀るにしても権限と責任のバランスで裁 定すべき」とか「国家に奉じる意思の拠り所の尊重と/拠り所を用意する責任」と言う考え方と言うか基準を述べて居ますが、それは本来は個別の物差しで厳密 に計って裁定すべきと言う基本的なスタンスだけを書いているつもりです。
両方は関係していて、精密で厳しい尺度を当初から与えられる上位責任者と、緩い尺度で自由度も高い命令を受ける者との差のようなものとご理解下さい。